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母のズボン

 

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出がけに母が、

「ちょっとこれはいてみて」

 と差し出してきたのは、一本の黒いズボン。

「いや、あの、会社なんだけど(私は図書館も『会社』と呼んでいる)」

 靴をはいている私。

「いいから、ちょっとだけだから」

「遅刻するから」

 いつもは余裕をもって出勤する。なぜなら会社が嫌だから。出勤時間までを家にいてカウントダウンするよりは、職場で、帰りまでのカウントダウンするほうが自分の気性には合っているのである。

 なのに今朝はちょっと遅くなってしまったのだ。洗濯したり、洗濯物を落としたり、引きずったり洗い直したりしたからである。

「なんなら、今から走って行っても遅刻すると思われるんですが」

「ほら、はいてみなさいよ」

 母は、あくまで母である。

 しょうがないから、はきました。

 これがまあ、驚くべきことにピッチピチで、おまけに丈が短くツンツルテンなのである。

 ズボンはあろうことかブーツカットだ。分かりますか。腿がピッチピチで、その下がラッパ上に広がってるのである。

これはなんの辱めでしょうか。

 母が笑った。それからしみじみと、

「あ~あ、それじゃあ西郷さんだね」。

ねえだろ。あんたが無理やり押しつけといてこの仕打ち。

「西郷さんは少なくとも腿にも余裕があったよ。余裕がないのは丈だけだよ。そして私も今時間の余裕がないんだよ」

 脱ぐ。引き剥がす。ボディスーツのようにむしりとる。

母がスボンを受け取って、腕にかけながら問う。

「あんた、ズボンのサイズはいくつなの」

「Lだよ。調子がいいとM」

「じゃあ、無理だ。それSだもん」

「今!? それ今言う!?」

「通販で買ったんだけど、お母さんにちょうどいいの」

「なんの報告!? そしてそれ今言います!?」

「だってあんた、いっつもおんなじ服でしょう」

「ありがとう。でも西郷さんになるくらいならゴミ袋かぶって出勤する」

「あ、そう今日水曜日だ。おとーさーん、今日ゴミの日ー」

 

 

これが今朝の仕事。わりに普通に疲れる。