家の祖母はいわゆるレイカンというものがあった。
冷感は私の体質で、そんなことはどうでもよく、ご存知・霊感だ。
この祖母、ある日、夢を見た。
起きて、父(息子)に
「そこのぉ畑でひとが死ぬど」
と言ったそうだ。
お告げである。
藪から棒に。
起き抜けに。
起き抜けに聞かされて気持ちのいい話じゃない。
しかし父は普段から慣れていたので、ははっ、と笑って、聞いたそうだ。
すると。
「オラァ夢ば見た。そこの畑のよぉ、真っ黒ぇ土掘ってらった。ちょうどひとが横になって入れるくれぇの穴ぼこば掘ってだ。ありゃ、墓だ。自分の入る墓だ。死ぬど」
そして、午後になり、事故は起きた。
その畑で、トラクターと木の間に人が挟まって亡くなった。
祖母は普段からいろいろと見ていた。もちろん、うちの自宅にもそういうものがいたらしいが、私には言わなかった。
祖母の母親(私から見て曾祖母)も若干の霊感があり、曾祖母の実家はいわゆる口寄せをする家だった。
そしてその霊感体質の血は息子である私の父ではなく、伯母に引き継がれた。伯母の霊感は強い。
ということで、私はぼんくらである。
ひとっつもそういったものは見えない感じない。見ざる言わざる聞かざる。ちなみに私は申年(ってこれもどうえもいい)。
だもんで、家にあった重軽石も勝手に捨ててしまった。
重軽石というのは、願い事を心の中で唱えて持ち上げると、願いが叶うならば軽々と持ち上がり、叶わぬならクソ重たくて持ち上げにくい、というもの。
重軽石というだけあって、石の形態をしているのが一般的だが、
うちにあったのは、人形だった。
それを私が紙袋に突っ込んで、神社のどんと焼きに軽々と、なんならスキップまでして持って行って、ゴオオオオと燃える業火に豪快に放り込んだ。
罰当たりにもほどがある。
神様もさぞや肝を抜かれたことだろう。
「え待って、それ捨てんの!? マジで? 本気? 正気?」
しかし、霊感の全くない冷感体質の私はその声すら聞こえない。
なんならお焚き上げに「あったかいわぁ、よく燃えるわぁ」と両手を差し出して暖を取ってさえいた。
書いていて、しみじみ私は天晴なポンコツだと思うのである。だって知らなかったんだもん。そんな人形だったなんて。私あんまり人形遊びとか好きじゃないし、小さい頃、りかちゃん人形の顔をライターの火で燃やしてたくらいだし。
祖母はもうずっと前に亡くなった。
自身の亡くなり方も、祖母はあらかじめ告げていた。
その通りになった。言葉もなかった。
ただひとつ、予言が外れたのがある。
「あんたは将来結婚してこの家から出てくんだから」と祖母は私名義でせっせと貯金をしてくれていたが、
ごめん、ばっちゃん、不肖わたくし、結婚もできずに、未だ実家に居候しております。
重軽人形の罰かもしれないし、私の206本ある欠点によるものかもしれない。その両方という可能性もある。
とにかく、ばっちゃん、あなたの予言を軽々と外して
このバカ孫娘は元気よく独身街道ばく進しております。