青森県にて小説と児童文学を書いています。  著作物は、右サイドバーの著作物一覧からご確認いただけます。よろしくお願いいたします。

小田くん家は南部せんべい店 文庫

画像2024年に単行本で発行した「小田くん家は南部せんべい店」が文庫になりました。

形態を変えて皆様にお目にかかれることができて嬉しいです。

本文に手を入れ、あとがきを加筆しました。

あとがきは、エッセイになってしまいました。書きながら、私はかなり早い段階でそのポンコツぶりを発揮していたのだな、と自分の才能に頭を抱える始末でした。

 

取材を受け入れてくださった三戸町の小山田煎餅店様、おかげさまでよっしーのキャラが確立いたしました。小田家が見えました。

貴重なお話を聞かせてくださった伊達様、徳増様。血肉を得ました。

誠にありがとうございました。

 

ポンコツな原稿にもめげず、私を殴りもせず、尽力して下った編集Tさん。お若いですが、人生何週目だろうかと思いをはせるほど聡明で、人心掌握の上手な方で、そういう人はいるものだなと感嘆しました。励ましておだてられて、直しを進めることができました。ありがとうございます。

いかにも弘毅! の、イラストを手掛けてくださった中田いくみ様、温かで素朴な雰囲気をまんま表現してくださった装丁家の大原由衣様、ありがとうございました。

 

文庫「小田くん家は南部せんべい店」は徳間書店から2026.3.11発売です。

 

どうぞよろしくお願いいたします。

 

岩手の大盛弁当屋 こげ店長ともちもちちまき

テキストの画像のようです

 

再三に渡ってしつこく言ってますが(わたしは豚骨背脂なみにしつこい)盛岡が好きだ。

盛岡市内を流れる中津川沿いにある弁当屋を舞台とさせていただいた。

盛岡をよく知る方は、モデルにした建物と詳細な場所がお分かりになることだろう。

私は犬も好きだ。「犬と言えば髙森」の称号を目指している。この話にはまたしても看板犬が登場する。

店長は黒柴の「こげ」

見たまんまのとってつけた名前をつけられたかわいそうで愛すべきわんこ。

 

犬ってなんであんなにめんこいの。思考するし(私より考えてる)、感情豊かだし、人の話に耳を傾けるし首傾げるし(私よりも人の話を聞ける)、茄子のぬいぐるみはボロボロになっても離さないし、ブンブン振るし、振ってよろめくし、雨の日は米袋かぶされて落ち込むし、人のことが大好きだし。

 

この物語は、大盛弁当屋を中心に短編でつないでいる。

一話ごとに主人公が異なる。

私の立場では耳が痛い「子ども部屋おばさん」(30代)

私にとっては他人事の「コンカツ王子」(20代)

この先を考えていない私に何かを教えてくれているのかもしれない「ピアノ奏者を夢見た保育士」(50代)

 

そして私と同年代「自分の店を持ったことの代償」(40代)

 

物語に登場する私の推しは、店長こげともう一人。主人公の親友・小野寺だ。ぶっちぎりキャラだ。こういう人がいてくれると話が明るく活気が出る。私もこういう親友が欲しい。

 

人生は、当たり前だが死ぬまで続く。

問題も途切れることなく起こってくるし、起こしてしまう。

一旦解決したかに思われてもそれは、点でしかない。新たな問題は出て来るし、蒸し返されることだってある。

それでもそのたびに「一旦の解決」として区切るしか、前には進めない。その繰り返し。

 

その際に、いつの間にか、登場人物たちの添え木になっているご飯を提供する弁当屋

 

そういう物語を描きました。

この話が、人生を歩み続けるあなたにささやかでも寄り添えたら幸甚です。

 

今回、岩手県水産技術センター様に大変お世話になりました。しつこくメールと電話をしたにもかかわらず丁寧に優しく分かりやすく教えてくださいました。心の底から感謝しています。

 

画家のくまおり純さん。実はSNSで追わせていただいている憧れの画家さんです。大変に愛らしい表情と佇まいのこげ店長を描いていただきました。ぬいぐるみの茄子をしっかりくわえてカメラ目線です。

 また、降り注ぐグリーンな光を受け、瑞々しくそれでいてレトロでぬくもりのある弁当屋を描いていただきました。

夢のようです。

表紙を机の前に飾ります。

 

そして、いつものように編集Yさんには、コメントで励まされ、アカで気づきを授けられました。なんとか書き進めることができました。ありがとうございます。

 

「岩手の大盛弁当屋 こげ店長ともちもちちまき」絵:くまおり純

 1/22 中央公論新社より発売です。

どうぞよろしくお願い致します。

 

陽だまりランチボックス



「陽だまりランチボックス」

画:浅野みどりさん

KADOKAWA

 

去年の1月、岩手県盛岡市に行った。

盛岡は昔から好きな街だ。新旧仲良くバランスとり合って存在しており、安定感がある。街並みが美しい。山が見える景色を大切にしている。川の流れがゆったりしている。見通しがいい。慎み深く、落ち着いた雰囲気をたたえている。

 

物語の舞台は、弁当屋の旬菜・厨川。ひとりで営んでいる店主は冷たく不愛想な菜月(なつき)。40代半ばの女性。離婚歴があり、独身。接客は苦手で不愛想だが、弁当はおいしく、たっぷり盛りつける。

そこにやってきたのが、生活がままならくなってきた主人公の日葵(ひまり)。30代半ばの女性。弁当のおいしさと店主の不愛想さのギャップにやられる。

旬菜・厨川ではシェアハウス仲間を募集していたので、そこへ転居を決断。

 常連さんは南部鉄器屋を営んでいたが高齢のため隠居した照井という穏やかな老人とその犬(ミニチュアシュナウザー)。

 弁当屋の庭には、白ネコがたまに姿を見せる。

 弁当屋のそばには喫茶店がある。なにもかもが適当な藤森という男が店主。しっかり者の女子高生バイトの谷地が彼の手綱を握っている。

 短編五話の構成。

 それぞれの事情と、焼肉、ソースカツ海苔巻きや二子里芋のポテトサラダなどの郷土料理や食材を絡めた。

 

 私は相変わらず一切料理ができないので、書くにあたっては書籍やネットを血眼になって調べに調べた。

 この書籍に限らないが、死に物狂いで調査したおかげで、時々「料理家なんですね」と尊敬のまなざしを向けられることがある。いやそれほどでも、と答えた後の食事は、冬季であれば主食となっているリンゴだ。包丁の出番は最小限で、真っ二つにカチ割った後かじりつくだけだ。皮は剥かない。

 リンゴだけでは栄養バランスが悪いと思い、この間は、カップ麺を追加することにした。お湯を注ぐが、お湯が足りず、しかもぬるかった。溶け切らずに固まったスープの素は砂をかむようなじゃりじゃり感で、麺は硬いところとぼそぼそになっているところが入り混じり、控えめに言っても地獄だった。地獄の3丁目までぶち抜いたかもしれない。

 もそもそと食べきったらスパイスの小袋が油まみれとなって沈んでいて3.5丁目まで落ちた。ちょっと泣いた。

 何回か練習したらうまくできるようになるだろう。でもこの傷が癒えるまでしばらくはいい。

 

 弁当屋の位置確認のために何度も盛岡の街をgooglストリートビューで行き来し、何度やっても迷子になり、酔った。ストリートビューで迷子になった挙句、酔えるのは私の長所だ。将来、何かの役に立てばいい。

 

この度、編集のMさんにはたくさん励ましていただいた。おかげさまで楽しく最後まで書くことができた。感謝に堪えない。ありがとうございました。

また、画家の浅野みどりさんには素敵な表紙を描いていただいて感無量だ。グリーンをメインカラーに据え、爽やかな風が抜ける縁側の描写に、深呼吸してしまう。ありがとうございました。

 

「陽だまりランチボックス」

KADOKAWAより12/25発売です。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

森のクリーニング店 シラギクさん 白ネコの見たゆめ


「森のクリーニング店 シラギクさん 白ネコの見たゆめ」

絵:jyajya 

 

私はいついかなる時でも死んだように眠れる。

今起きるくらいなら死んだほうがましだと思うことも多い。

 

1話は、不眠症のバクが登場する。これは、シリーズ1巻目から考えていた素材だった。

バクと眠りは切っても切れない。バクは悪夢を食べてくれる。

そもそも、バクは眠るのか。悪夢を食べて食あたりを起こしたりはしないのか。

バクがうすよごれたまくらをクリーニング店に持ち込んだところから話がうごきだす。

まくらを洗ったシラギクさんとゆかいな仲間は、とんでもないことに巻き込まれていく。

 

私には、手放せないほどの大事なものはそんなに多くはない。

みなさまのそういうものは何ですか。

 

2話には とある大事なものをずっと手放せないでいる雷様が登場する。

「おひかえなすって」とトラ柄パンツをはいた雷様がごあいさつ。

雷様はそのとある大事なものによって仲間にバカにされている。それでも手放せない。

雷様の意地とプライドをかけた雷様同士の抗争にシラギクさんたちは、これまた巻き込まれて命すら危うくなるピンチを迎える。

 シラギクさんたちゆかいな仲間は、この危機をどうやって解決していくのか。

 

 

私には、先々を見通して計画を立てようという気概が1ミリもない。綿密な計画を立てたと自負していたって決してその通りにはならないからだ。

 

3話はがめついリスが登場。

シラギクさんより口が悪い。おまけにけちん坊。そのリスが風呂敷のせんたくを依頼してきた。木のみを集めるために使ってきた風呂敷だ。ボロボロのそれを、自分じゃ破かずに洗い上げることができないからだ。

 

 冬が迫る中、お天気はおかしく、山には木の実が少ない。おまけに山の手入れがなされず、木々がかれ始めていた。リスは、その少ない木の実をほかのやつにとられたくなくて、やっきになって木の実を探す。

 そして、ある長雨の翌日。事は動いた。

 

 

2019年に1巻目を出させていただいてから、6年間で4巻。書いている間はとても楽しかった。

 

へんくつでプライドの高いシラギクさんと、ゆかいな仲間たちの冒険はこれにておしまい。

 

これまで読んでいただき誠にありがとうございました。

 

 

 

森のクリーニング店 シラギクさん こわがりにサヨナラ

森のクリーニング店 シラギクさん こわがりにサヨナラ

絵:jyajyaさん

 

 

森でクリーニング屋を営むシラギクさんの物語である。

こちらはシリーズ3巻目。

3巻目まで出させていただいたのは初めてだ。とっても嬉しい。

応援してくださる読者様のおかげです。ありがとうございます。

 

洗濯だけで終わらないシラギクさんは、今回も、洗濯物と一緒に持ち込まれるお困りごとを解決していく。

解決していくというか、シラギクさんは楽しんで首を突っ込んでいる風すらある。

 

一話目は、周囲のものに悪口を言われていると思い込んでしまっている白ウサギが登場。

耳がよすぎて、雪に閉じ込められた誰かの言葉を聞きとれる能力がある。

しかし、聞き取れるのはいい言葉ばかりじゃない。

繊細で些細なことを自分への悪口じゃないかと気に病む白ウサギ。

シラギクさんはどうやってこのウサギを救うのか。

この物語のきっかけを与えてくれたのは子どもの頃の思い出で、私は雪をよく食べた。

苦くて土の味がした(土もたまに食べた。草も食べた。猫の餌に手を出して、猫をたじろがせたこともある。口に入るものはとりあえず食べた)。

雪を舌で味わえるなら、耳でも味わえるだろうと思った。また、雪国の民はよくご存じのように、雪は物音を吸収する。雪の夜なんて、世の中は恐ろしいほど静まり返る。吸収された音はどうなるのだろうと思った。

疑問がきっかけで書かせていただいた。

 

jyajya先生のふんわりふっくらした白ウサギのタッチが、その内面まで描き出されていて感嘆のため息が出てしまう。淡くはかない雪明りも表現されていて鳥肌が立った。

 

二話目は、いばり散らして独りよがりなイノシシの、そり引きレースの物語だ。

私は子どもの頃、プラスチックの赤いそりでよく遊んだ。

お手伝いもした。燃えるごみをそりに乗せてゴミ集積場まで引っ張っていくのだ。たまに地域猫がお供した。帰りはその猫を乗せて帰ってきた。気づけばたまに乗車猫が増えていることもあった。猫は案外乗り物が好きなのだ。

楽しかった。

どうして子どもの頃はあんなに雪と友達だったのだろう。キャプテン翼がボールと友達だというくらい、または、アンパンマンが勇気だけが友達だと歌ってしまうくらい、私は雪と友達だった。雪はそうは思っていなかったかもしれないが。

 

二話のイノシシのそり引きレースのjyajya先生の絵は、一話と反対に、ダイナミックで疾走感が半端ない。イノシシの迫力に圧倒される。巻き起こす雪混じりの風までページから感じられる描写は圧巻だ。

 

シラギクさんの仲間であるおさるのエンヤ、フクロウのフクタロウはいうまでもなく、今回は、冬眠中のクマのベアリーもしっかり登場。だってシラギクさんが活躍するんじゃ、アイドルのこのあたし、呑気に寝てらんないもの、ということらしい。

 

今回もあかね書房の編集M氏に、大変お世話になりとても迷惑をかけた。

M氏はキレることなく(内心はどうか知らないが)、手を上げることなく(内心はどうか知らないが)、最後までつきあってくださった。

ゲラに書かれた感想に励まされた。

時々、独特の文字になり解読不能な箇所もあったが、それでも「きっと褒められているんだろう、まさか怒りで手が震えてこの象形文字になっているわけではあるまい」と受け取って心の支えにした。

 

シリーズ三巻目。

森のクリーニング店 シラギクさん こわがりにサヨナラ 」 絵 jyajya 先生

1/25発売。

シラギクさんたちとこの冬を、笑って泣いて元気いっぱいに過ごしていただけるととても嬉しい。

 

どうぞよろしくお願い致します。

 

「ちゃっけがいる移動図書館」

 

ちゃっけがいる移動図書館


ちゃっけは日本犬ミックスの子犬だ。

移動図書館中に拾った。

 

移動図書館をご存じの方もいらっしゃると思います。

図書館の本を、バスに積んで町内の各地域に赴き貸し出しする図書館業務です。

私も図書館勤務当時はやっていました。

物語では、このバスに子犬も乗って皆様のところにやってきます。

事情のある人たちと交流しながら、相互に作用しあい、緩やかに変化していきます。

農村の彩り豊かな景色や、鮮やかな四季も楽しんでいただけると幸いです。

 

うちで昔飼っていた犬(Xのアイコンやこのブログのプロフィール画面の見返り犬)も拾ってきた子だ。

子犬の頃は黒くて短毛。むくむくしていて、ドンくさかった。大きくなるにつれて毛が長くなりくせっ毛になって茶色になった。

 

拾ってきた当初、犬ならばボールが好きなはずだと見込んで、野球ボールを投げると、顔面で受け止めて尻もちをつきぼんやりしていた。ひたすらにドンくさかった。そんな彼女を他人事とは思えなかった。

 

ラジオを聞かせると、目を見開いて尻もちをついた。ついたままあとずさった。

返す返すも、誰かを見ているようでいたたまれなかった。

 

一週間二週間と暮らしているうちに、彼女はうちの生活にも慣れ、堂々とし始めた。

名前を呼ぶと、「やれやれ」といった具合にのろのろとやってきた。

私の正面に座ると、「で、なんですか。話があるなら聞きますよ」という具合に見上げた。

私の話が長くなると、あくびをして丸くなった。

「そんなこと、どうだっていいじゃないですか」

という具合だった。

 

彼女の家の中での順位は、私より一つ上だ。

私の「お手」「お座り」の業務命令には、耳をかいたりあくびをしていたが、その他の家族には軍隊もかくやといわんばかりにきびきびと従った。

尻尾を振って、舌を出して笑顔を向けた。私以外には。

 

私とはよくケンカをした。散歩や、掃除、おやつの時に。

帰りたくない彼女と帰りたい私。

箒にかみついてくる彼女と、掃きたい私。掃除機で復讐を試みる私と、背後に回って膝の裏をどつき倒してくる彼女。

おやつをじらす私ととっととよこせといきり立って吠える彼女。

ご飯の時も、なぜか張り合って私の隣で食べ、テレビを見る時も私と並んで見ていた。私が家族と話していると、家族と私の真ん中の位置に座って自分も会話に参加した。が、彼女にとっては自分自身の話題以外はすべて「しょうもない話」となったようで、五分とたたず寝るのだった。

 彼女は、自分の名前が呼ばれるのがこの上なく好きらしかった。

 逆に私は、名前を呼ばれるのが嫌だ。名前を呼ばれるイコール「叱責される」「詰問される」「仕事を言いつけられる」などの現在に渡って脈々と継続してきた実績から、良い感情を持てないのだ。

 

ちゃっけがいる移動図書館」はそういうことを思い出しながら書いた物語です。

登場する子犬は、自分で言うのもなんですが、非常にかわいらしいです。コロコロしてなんにでも興味を持って、毎日嬉しそうです。この子犬にとって飼い主の女性は全てです。呼べばもちろんすぐに駆け付ける。呼ばなくたってそばにいる。

常に飼い主を見ている。

ご高覧いただければ、犬と暮らしたくなること間違いなし。

 

今回も中央公論新社のY編集さんにたいそうお世話になりました。

的確で明確な指示やアドバイスを頂戴し、モノになるかどうか分からなかった物語が息を吹き返し、立ち直りました。辛抱強くつきあってくださいました。感謝に堪えません。ありがとうございました。

絵師のはやしなおゆき先生が愛らしいむくむくの子犬を描いてくださいました。

また、表紙の移動図書館の様子ものどかで広がりがある雰囲気を柔らかなタッチで描き出してくださりとても感謝しています。ありがとうございます。

 

ちゃっけがいる移動図書館」は8/20 中央公論新社から発売です。

 

 どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

 

ドラゴンアイ 

6月の初めに、岩手県は八幡平という山の、通称ドラゴンアイに行った。

SNSで見た限り、前日は、かなり綺麗な瞳を見せてくれていたドラゴンだったが、私たちが行った時には、「お前の面など見たくもない」とばかりに半眼以上に目を閉じてしまわれていた。

私が何をしたというのだ。

 

ドラゴンアイに行くまでの山道でもうすでに、濃霧に襲われていた。

ドラゴンからの「来んな」というメッセージはひしひしと伝わっていた。

「この調子じゃ、今日はドラゴン、寝てるかもよ」「寝てるというか、こっちを眠らせに来てるよね完全に。だって霧出ちゃってだもん。濃霧だもん。見ろ、1メートル先がなんも見えないんだもん」

  車の鼻先が見えないくらいだった。むせかえるような濃霧。道なんて見えやしない。ひたすら上りの細い道。対向車が来たらガチンコ勝負で確実にこちらが崖から落ちる。

「ほんの30分前は快晴だったのになあ」

「ふもとだったからな」

「そういえば、さっき熊注意の案内板の裏でウェディングドレス着た女の人が写真撮影してたよ」(ばっちり迷子になって案内板を見ていた。スマホの地図を読み解けなかった。ナビは旧式であてにならなかった。紙の地図は手首をねんざするくらいぐるぐる回し気分が悪くなった)

「あのブナの林ん中に急に現れたからさ、『出た!』って縮み上がっちゃったよ。白い布がゆらゆらしてて、人の声も物音もないんだよ。木が揺れる音と自分の葉っぱを踏む足音しかしないところに持ってきて突然のドレスでしょ。いやもう、完全に見たと思ったね。終わったと思った。熊より怖かった」

「熊もそれなりにおっかねえよ」

 というような話でもしてないと生死の境をさまよう私たちはやってられなかった。Uターンもバックもできない、もう進むしかない。

「人生だよねえ」

五里霧中を進むしかないんだもんな」

 開眼したドラゴンアイを見ると、自分の運も開眼すると私は勝手に信じているのである。そのドラゴンが今日は半眼どころじゃなく、殺りに来ているのである。

 

 こっちこそやってやろうじゃないかぁ! と気色ばむのは人間の道理。私たちは俄然燃えて突き進んだ。

 

 駐車場に着くと、深い雪景色の暴風だった。

 繰り返すが6月である。熊が冬眠から目覚めた。桜は散った。藤も満開だ。シャクナゲもそろそろ咲く。

 雪景色だ。

 駐車場の料金番のおじさんに道のりを聞いた。

「まっすぐ行って突き当りの階段を上って」と教えてくれる。その通りに行ったところ、おじさんが追いかけてきた。

「違う違う、こっち、こっちだってば!」

 結局、階段までついてきてくださった。

 私は方向音痴なのだ。「まっすぐ行」けないのが方向音痴師匠の真骨頂なのだ。

 階段を登り切って振り返ると、おじさんはまだこっちを見つめていた。すみません。お手数とご心配をおかけしております。

 ドラゴンアイまでは雪山をザクザクと進む。雪は氷化していた。踏み抜いてあり得ないくらい沈んだ。遭難するんでないかと思った。

 6月である。

 前を行く赤の他人様を見つけ、追う。赤の他人様はさぞや恐ろしかっただろう、見知らぬ人間たちが死に物狂いでついてくるんだから。ごめん。

 雪道をこいでこいで、ふいに視界が開け、たどり着いたドラゴンアイ。

 しっかり半眼だった。

 

 私はすっかり汗だくだった。コートを脱いだ。雪と土のにおいがする風は、ドラゴンアイから吹いていた。

 

 起きなさーい(私の運を開眼させなさーい) 何時だと思ってんの! あんたもう熊だって目覚めてんだ さっさと起きないと乗り遅れるでしょー!(私の運を開眼させなさーい)

  

 帰りの車内では、「まあ、めちゃくちゃ早く溶けるよりはいいんでないの」と言い合って平和な解決、解釈を見た。

 そして、我々は私の道案内によりバッチリ迷子になって、しばらく山をさまよい、秋田の田沢湖を回って岩手の雫石を回って、やっと青森県に帰ってきた。事故もなく無事だった。運がよかったと言える。

 

 

 最後になりましたが、この度

「先生のすすめる夏休みすいせん図書 2024」に

『お直しで大解決! ダーニングヒーローズ』文研出版 

 を選んで頂きました。
 例年よりずっと速く溶け出したドラゴンアイの氷。大量の水が町をおそう前に食い止めろ!

天然系ツッコミ女子×不愛想男子の大冒険

 

です。

https://tohan.jp/wp/wp-content/uploads/2024/05/natusuisen_leaflet_2024.pdf

岩崎美奈子先生には可愛らしくて躍動感のあるイラストを頂きました。色味も大変素敵です。想像していた以上のキャラが立ちあがっていて、驚き、感動しました。

 

ほめて伸ばすタイプの編集M田氏、ほんとにほんとにありがたかったです。手に負えないところもあったでしょうが、辛抱強くつき合ってくださいました。最後まで楽しく書かせていただきました。感謝に耐えません。

 

この機会にぜひ、お読みくだされば幸いです。

よろしくお願いします!