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スタイリッシュなキノコ

 

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決死の覚悟で臨んだ美容院。

予約時間の5分前に行った私は、学生時代に叩き込まれた「5分前行動」をぶり返してしまうほど緊張していた。

が、考えてみれば、勤務先だったら30分は早く行ってるから、仕事よりは嫌ではないらしい(嫌な場所であればあるほど早く行く)。

ドアに手をかける。開かない。

そうか1時にならないと開かないシステムなのか、と炎天下、なんの天罰であろうか立ち続け、路上で作業しているおじさんと目が合って会釈をし、アスファルトから油煙が上がるのを眺め、しっかしあっついなこれ、と思いながら1時になっても開かないので押してみたら開いた。

そうかそうか、開いてたのか。

ドアの音を聞いて、カウンターの奥のドアから女性が出てきた。

森口博子に似ている美容師さんだ。

奥のほうで、犬の声がかすかに聞こえた。

椅子に座る。

電気が流れるやつかもしれないので、背もたれに寄りかかれないで、背筋を伸ばして座ったらおっつけられた。

逃げられないようにだろう、ナイロンの風呂敷のようなもので首から下を包装されたが、縄で縛りつけなかっただけ善良と言える。

今日はどうしましょうかと聞かれて、「ジャッとやってびょッと切ってシャシャッとやってもらえたらなんでもいいです」と依頼する。

良くお話になる森口博子氏。明るくて大変よろしい。こういうひと、好き。

私は、師の機嫌を損ねて動脈をぶつりとやられないように気を張っている。とにかくご機嫌にお話しいただければ幸いである。ぶっちゃけカットだのスタイルだのは二の次だ。

座った瞬間から、一刻も早く終わることを願う。

一刻も早く終わるのならカットなんていらない、というくらい。

今なら、「健康なら死んでもいい」というひとの気持ちが痛いほど分かる。

 

犬、飼ってらっしゃるんですね、と尋ねる。犬を飼ってるひとに犬の話題を振るのは、定石で、しかもこの場合、師の気を引き立て、ザクリとやられないための命綱でもある。

そーなんです! と頭のてっぺんから声を出す森口師。

「うちの子、人懐こくてぇ。お客さん大好きで寄ってくし、もちろん、噛まないんですよ」と言われた犬に私はこれまで三回噛まれた。私は犬にかまれる才能があるのだ、ナメちゃ困る。

席を立て。移動しろ。こっちの椅子に座れなどという指示に、子羊のように、あるいは囚人のように従う。何しろ相手は凶器を持っている。逆らったら首と胴が泣き別れという事態もありうる。

 

そして一時間後、髪は切られ、私の首も耳もつながったまま、非常に頭が軽くサッパリとして無事に帰宅することができた。

 

断っておくが、

大変お上手である(私に褒められたところで、というのもあるだろうが)本当に上手。丁寧。

もっさいキノコが、どこへ出しても恥ずかしくないスタイリッシュなキノコになった。

 

「ジャッとやってびょッと切ってシャシャッとやってもらえたらなんでもいいです」

という地獄のような注文を、素晴らしく聞き届けてくださった。