これ、父のアナフィラキシーショックを和らげる注射器。中に薬剤が一回分入っている。
また刺されたら、これを太ももの横に力強く突き刺す。
一発勝負。失敗したら終わる。
父は、練習用キット(針なし薬剤なし)もセットでもらってきた。
父に何かあったら私がヒーローとして助けなければならない。
使命感に燃える。
練習用キットを使って、何度も父の腿や自分の腿や、柱や壁で練習していると、
「楽しそうだなあ。なんでもおもちゃにするんだもんなあ」
と父に笑われた。
誤解です。
物珍しく面白いから……あ、違った、助けたい一心で練習に練習を重ねているのです。
「頼りにしてるすけなあ」
と父は言った。
他2名のへそまがりの家族は、
「こっちは絶対にお前が触っちゃだめだすけな」
と私にくぎを刺した上で、さらに用心深いことに、
「本物のやつは美由紀の手の届かないところに」「見えないところに」とこそこそと隠そうとしているのが解せぬ。